池上幸豊(川崎ゆかりの人物)
池上幸豊(いけがみ ゆきとよ)
池上幸豊翁之碑と白梅(図書館職員撮影)
生没年
1718(享保3)年ー1798(寛政10)年
プロフィール
江戸時代中期の新田開発家・殖産興業家。通称は太郎左衛門。父は大師河原村の名主池上幸定。大師河原稲荷新田を開発した池上幸広は曾祖父に当たる。1729(享保14)年、12歳で父が亡くなったため跡を継いで名主となった。延享年間の太郎新田や宝暦年間の池上新田など海浜干拓による新田開発に努めた。池上新田開村後の1762(宝暦12)年以降幕府の命を受け諸国へ新田見立てに赴いた。明和年間に至り、本格的な和製砂糖の製法に取り組み、同時に甘藷(サツマイモ)栽培の伝法に努めた。1768(明和5)年にはそれまでの功績が認められて幕府から名字帯刀を許された。寛政年間には氷砂糖の製造に成功。ほかに、芒硝(ぼうしょう)製造や果樹栽培、養魚などにも手を広げた。また、冷泉家に和歌を学び、「与楽亭和歌集」などを残す。1798(寛政10)年2月15日に81歳で没した。
墓は川崎区大師駅前にある池上家内墓の池言坊にある。また、川崎区池上新町の汐留稲荷神社境内に顕彰碑がある。
主な参考文献・著作等
・池上太郎左衛門幸豊 大江戸マルチ人物伝(川崎市市民ミュージアム/編集・発行 2000年)
・池上家文書1(川崎史資料叢書5)(川崎市市民ミュージアム/編集・発行 1994年)*全5巻シリーズ
・池上家文書集成(川崎市関係史料集 第6集)(川崎市立中原図書館/編集・発行 1988年)
(掲載日:2023年10月31日)
(更新日:2024年1月23日)